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2011年 06月 27日
被災者支援活動
㈱AKAIのWEB販売事業部「京都麻織物WEB」では、東日本大震災の被災者への支援のために、オリジナルリネンシーツを提供することになりました。

出来る限り早く、必要とされている方々へ届くように尽力しています。
また一方では、どちらに、どのようにお届けするのかを検証するため、京都麻織物WEBでは、関連する情報を集めています。

Twitterの@kyotoasa まで、DMでお知らせください。皆様のご協力をお願い申し上げます。

<LINO>
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# by akaiinc | 2011-06-27 18:53 | NEWS
2011年 06月 24日
2011年FLAX収穫状況【速報】
<2011年FLAX収穫についての速報と価格予想(6月24日現在)>

 2011年のフランス、ベルギー、オランダ主要3国の耕作面積は、
昨シーズンの販売好調、価格の急騰、持ち越し在庫の急減で、前年比10%アップの88,000Haと増加しました。

今年の2-3月の天候より、今年の種まきは例年より早く、3月中旬には終了しました。

それ以降雨がほとんど降らなかったため、今年のFlax原料の品質内容は、 “Light & Short” と予想されており、収穫高は10%アップの耕作面積にもかかわらず、昨年の85,000トンより少なくなると、予想されています。

昨年からの持ち越し在庫原料総量は、4月初めの時点で35,000トンと推定されており、
現時点の持ち越し在庫は、25,000トンと見込まれるため、今シーズンの需要を、昨シーズンの需要13-14,000トンより少ない12,000トンと推定した場合でも、数字上供給可能量 25,000 + 80,000=105,000トンより多いため、上げ留まっている原料価格は、されに上がるのと見込まれています。

したがい今後の8月以降の糸値は現状からさらに上がることが、予想されます。

<LINO>
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# by akaiinc | 2011-06-24 12:56 | NEWS
2010年 02月 22日
彌一郎物語エピソード⑧初めてのフランス その3
その北フランスリールを拠点とする「Paul le blan(ポールルブラン)社に、彌一郎は、

現地での有力な地主であるMr.Andre Wemale(アンドレ・ウェルマール氏)を紹介してもらいます。

ウェルマール氏は、大地主で小作農を幅広い土地で雇用し、Flax栽培に大きな力を持つ人物でした。

彌一郎は、同氏にFlax(リネンの原料繊維)のことを学んだのです。

ここで、フランスのFlax/Linen事情に触れておきましょう。



ヨーロッパリネンと言われる、フランス~ベルギー~オランダのFlax産地の収穫量は、おおよそ

フランスが70%、ベルギーが20%、オランダが10%で、そのバランスはこの数十年変わっていません。

フランスにとっては、国として重要な農業であり、それに基づく産業でありました。

そういった意味でも、フランスは国策として、Flax産業を保護する政策を長年に渡って続けています。



1950年、パリでCILC(国際リネン協会)が発足します。その主体となったのが、

国に後押しされたフランスの事業者たちで、その中でも主導権は、Flax農業ビジネスに関わる人たちでした。

そもそも、国際リネン協会の当初の趣旨は、10月に収穫が終わった農業関係者を慰労する目的だったと言われています。



しかし、21世紀の現在、北フランスはFlax産地として維持されているものの、フランスでの紡績は、

皆無と言える状況になりました。フランス産原料を使った糸は、世界各国で紡出されていますが、

純粋なフランス産のリネンは、存在しません。



話は少し飛びますが、前述のCILCへ日本人として始めて、1981年に彌一郎は参加することになります。

1967年に初めて北フランスリールへ訪問した時、そんなことを想像することは出来なかったでしょう。



そして、次の年(1968年)彌一郎が向ったのは、「アイリッシュリネン」で名高い、

北アイルランド(UK)でした。
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# by akaiinc | 2010-02-22 19:04 | 彌一郎物語
2010年 01月 27日
彌一郎物語エピソード⑦ 初めてのフランス その2
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「Paul le blan(ポールルブラン)」社に彌一郎が訪問した時、そのクラシカルな建物の一角に

広間があり、そこにミニチュアの飛行機が展示されていました。これは、リネン織物が、

昔に、翼布(はふ)として翼に使われていたことを意味していました。これは、赤井商店が

京都山科で戦前に生産していたものと同様に、リネンは資材産業だったことを意味します。



北フランスでは、石炭・鉄を産出していましたので、産業背景からも、リネン=産業資材の

考え方が根強く、ファッションテキスタイルとしてのリネンとは、出自が違うと言えます。

写真は在りし日のPaul le blan(ポールルブラン))社。現在は市が買い取り、大学になっているとのこと。

<LINO>
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# by akaiinc | 2010-01-27 12:55 | 彌一郎物語
2010年 01月 01日
彌一郎物語エピソード⑥初めてのフランス
彌一郎が、Mr.Paul Batselaere(ポール・バツラル氏)とフランス北部、

Lille(リール)の街へ出向いたのは、1967年のことでした。



北フランスは、Flaxの最高の品質を産出するする原料産地として、

現在に至るまで、Linen産業には最も重要な土地です。

現在各国にLinen紡績はありますが、その紡績が高品質の糸を紡出するためには

この北フランスのFlaxへ原料を求めなければなりません。



その北フランスの中でも、第2次世界大戦期、

ノルマンディ上陸作戦(1944年6月6日、英名Operation Overload)で

有名なコタンタン半島(仏名:Péninsule du Cotentin)が、最も良質な原料を産出します。



その当時リールには、フランス最大級の紡績「Paul le blan(ポールルブラン))社がありました。

この後、AKAIは、彼らの紡績の最大のリネン糸のバイヤーとなります。
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# by akaiinc | 2010-01-01 06:00 | 彌一郎物語